UNLOCK REPORT

ソーシャルディスタンス

November 21, 2021

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今週は営業活動を多めにしました。物理出社が始まったこともあり、ミーティング時間までに帰宅できなかったため、六本木にあるテレキューブというサービスを使いました。電話ボックス型の狭い机があり、そこでちょっとしたミーティングが出来るくらいのスペースがあって、Wi-Fiも完備で清潔感のある空間だった。

特にお金の話なんかは、カフェやファミレスでするのは躊躇いがあって、今回お金を払って使ってみたけれどなかなかよかったです。作業よりはミーティングで30分くらいサクッと使う用途が良さそう。(作業であればイヤホンしてファミレス/カフェに入った方が安い)

今の現場は12月末で一旦終了することにしました。技術的なチャレンジだらけでエンジニアとして成長するには最高の環境だったのですが、会社経営とのバランスを考えると一旦このあたりで区切りをつけたいという判断になりました。請負案件やよりフレキシブルな働き方ができる案件の話を頂いているので、来年はそういった方向の仕事で繋いでいく予定です。

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大学入学するまでの間、数年の空白期間があるのですが、社会と自分の間にある繋がりを切り離した経験というのは贅沢かつ貴重だったと今振り返って思うことがあります。

人間は社会の中で生きているので、「学生」や「会社員 / フリーター」などの肩書きを持っています。こういった肩書きを全く持たない社会から完全に切り離された状態というのは、とても自由な状態なのですが、それを経験したことのない人にとってはものすごい恐怖感があると思うのです。

ストレートに大学へ入学し、就職して、新卒で入社したそれなりに名のある会社に長期間勤めあげるルートが経済的/社会的に合理的だとは思います。ただ、長い人生の中でそのルートを外れないのは至難の業だし、ルートを外れることの心理的な壁が大きければ大きいほと、狭い世界の中で視野が狭くなって苦しくなってしまうこともあると、周囲を見ていて感じることがあります。

フロイトは「自由には責任が伴う」というけれど、本当の自由に触れた経験から、自分は「自由には不安が伴う」と言いたい。社会と自分が切り離された状態というのはどうしようもなく自由で不安定なので、副作用として「外部環境に関係なく自分を安定させるための思想」のようなものが形成されてしまうのだと思います。当時は毎日図書館で本を3冊くらい読んで、貸し出ししてまた2冊くらい読んで…みたいな浮世離れした生活をしていたのだけれど、その期間を肯定出来るのは、早い段階で獲得した方が良い”内面の舗装作業”を済ませることができたからかなぁと。

社会と一定の距離を置いた経験のある人とそうでない人では、考え方に明確な違いがあると感じています。それが良いか悪いかでは別として、、、